ある友人と昔議論になって

Posted on 7月 25th, 2014 7月 25th, 2014 by 中華蕎麦

なかなか三つ子の魂百までもじゃないけれど、儒教的な規範からいまもって抜けきれない。

ある友人と昔議論になって、
その友人は今の日本には儒教の教育が必要だと言っていて、私は儒教には害毒が多いのでやめた方がいいというのが持論だった。
別の友人が、儒教が大事というわりには彼はぜんぜん儒教的ではないけれど、君は儒教がだめだというわりにはとても儒教的だなあと言われて、かなり肺腑をえぐられた記憶がある。

というわけで、今もってなかなか儒教から自由になれず、最近浄土門仏教にはまっているのも、なんとか儒教の呪縛から逃れたいという気持ちがあるのかもしれない。

ただ、この自由になれない自分の原因は、儒教の影響にあるとわかっていて、なんとか自由になりたいと思いながら、今もって儒教的な世界にある種の郷愁を感じているところもある。

藤沢周平や山本周五郎が原作の時代劇を見たり、旅に出ていろんな城下町や多久などの孔子聖廟を訪れると、理屈を抜きに、ノスタルジーというか、儒教的な規範の中で生きていたかつての人々の美しさや安定した社会秩序への郷愁を感じてしまう。

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